学校総選挙プロジェクト

学校だけではない「主権者教育」

明治大学 藤井 剛

2016年の参議院議員通常選挙から、いわゆる「18歳選挙」が始まりました。これまで2016年と2019年の参院選、2017年の衆院選と3回の国政選挙、そして2019年の統一地方選と大きな選挙がありました。初めての「18歳選挙」だった2016年参院選では18歳の投票率は51.28%でしたが、その後少しずつ下がってきています。

ここでは、投票率が下がってきたことを頭の隅に置きながら、学校で行なわれている主権者教育や、「学校総選挙プロジェクト」について考えてみたいと思います。

1.学校での主権者教育の取組みと課題

2015年に公職選挙法が改正されて「18歳選挙」が決まると、高校生に「選挙の意味」「投票の流れ」「投票先の決め方」などを学んでもらう「主権者教育」が全国の高校で始まりました。その主権者教育で使うため、総務省と文部科学省が全国の高校生全員に「私たちが拓く日本の未来」という副教材を配付しました。おそらくこのコラムを読んでいる若い人たちは、一度は手にしたことがあると思います。高校ではこの副教材を使うだけでなく、現代社会や政治・経済の授業などで、「選挙の重要性」や「棄権のデメリット」などを重視した授業が行なわれていたと思います。

さらに、多くの高校では選挙管理委員会の方を招いて模擬選挙が行なわれていたと思います。他にも、選挙前日の帰りのホームルームで担任の先生が「明日選挙なので、忘れずに投票に行って下さい」と話したり、日曜日の部活動終了後、顧問の先生が「まだ投票に行っていない生徒は、忘れずに帰りがけ投票をしていくように」などと注意をしていたのではないでしょうか?

さて、その結果はどうだったのでしょうか? 先ほど、2016年参院選の18歳投票率は51.28%と書きましたが、参院選は7月に行なわれました。7月時点の18歳というと、高校生の割合は3分の1程度です(残りの3分の2の大部分は、大学生など学生と社会人です)。そうすると主権者教育を高校で受けた「18歳&高校生」の投票率が知りたくなりませんか? 残念ながら総務省による全国調査はありませんが、例えば、山形県選挙管理委員会が行なった、県内公立高校の抽出調査があります(注1)。その調査によると「18歳&高校生」の投票率はなんと82.3%でした。驚きましたか?

【参考】山形県選挙管理委員会「高校3年生へのアンケート調査の結果
【参考】山形県選挙管理委員会「高校3年生へのアンケート調査の結果

この結果から、「選挙の意義」や「投票先の決め方」などを学び、さらに「投票に行ってこい」と背中を押された高校生は選挙に行くことが分かります。その意味で「主権者教育」の重要性は理解してもらえたと思います。

ここまで学校で行なっている「主権者教育」のお話をしてきましたが、「私はそのような教育を受けた記憶がない」という人もいると思います。ただし、学校の先生方は行なったのだが、生徒がそのつもりで受けていなかった、という場合もあると思いますが・・・・・(笑)!

そのような場合を除いて、なぜ主権者教育を行なわない学校があるのでしょうか?答えは大きく2つあります。

第一に、学校は、授業、行事や部活動などで忙しいのです。その忙しさに輪をかけているのは、「防災教育」「金融教育」などのような「〇〇教育」が増えてきたことです。現代社会は2単位科目でしたね。2単位科目の1年間の授業時数はどのくらいだと思いますか? なんと70時間です。しかしその70時間全部授業が出来るかというと、学校行事などで潰れてしまうために、多くの学校では60時間前後しか授業は出来ません。さて60時間であの教科書をすべて教え、さらに「〇〇教育」を行なう時間があるでしょうか? そのため主権者教育にかける時間を確保できない学校があるのです。

第二に、先生方が「主権者教育は難しい」と感じて、なかなか実践できないこともあげられます。その典型的な難しさとは、「中立の確保」や「教員の発言の範囲」です。教育では「政治的な中立性」が求められていることを知っていますか? 常識的に先生方が「次の選挙では〇〇党に投票してくれ」と発言できませんよね? そのため多くの先生方は「投票先を選ぶ基準を教えるときに、A党はこのようなことを言っているがB党は反対している、などと教えるのは『中立』に反しないか・・・・・」と悩んでいるのです。ここで回答を示すと、「中立」とは決して「A党とB党の公約の『真ん中』を教えること」ではありません。A党の公約とB党の公約、両方をキチンと教える、つまり「公平」に近いものなのです。ですから「A党は原発の再稼働に~~との理由で賛成しているが、B党は・・・・・との理由で反対している」と教えることはOKなのです。

中立とはこのような考え方であること、そして、そのような理由で主権者教育に二の足を踏む先生方が多いことを知っておいて下さい。

2.「学校総選挙プロジェクト」への期待

ここまでの説明で、これまで学校を中心に行なわれてきた「主権者教育」の状況と課題が理解できたと思います。ここからは、今回提案されている「学校総選挙プロジェクト」について期待を込めてコメントしたいと思います。

まず、これまで模擬選挙をやったことがない高校生へのメリットです。若者の棄権理由には「面倒くさい」や「投票先が分からない」があげられています(注2)。

【参考】総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)
【参考】総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)

皆さんの中には「選挙って1時間くらいかかるのでは?」と思っている人はいませんか? そのような人は選挙経験者に質問して下さい。ほとんどの方が「5分もかからない」と答えてくれます(笑)! つまり「面倒くさい」と思っている人に、実際に選挙を経験してもらい「面倒くさい」という感覚をなくしてもらうことが、模擬選挙の目標の一つなのです。

また、子どもの頃に親が行く投票について行ったことがある人の投票率は、親の投票について行ったことが無い人と比べて高いという調査結果があります。このことも、親の投票時間を見て「時間はかからない」ことをすでに経験しているからだと説明できます。(注3)

【参考】総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)
【参考】総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)

このグラフでもわかる通り、「子供のころ、親が行く投票について行ったことが『ある』と回答した人の投票率は63.0%、『ない』と回答した人は41.8で20ポイント以上の差がある」と分析されています。このことから、家庭での「主権者教育」の重要性も考えなくてはなりません。

また、投票には時間はかかりませんが、「どこに(誰に)投票するか」を事前に決めておかないと「5分」で投票は終わりません。ですから「学校総選挙プロジェクト」で投票を行なうときに、「選び方を『学ぶ』」ことが大事なのです。このように本プロジェクトは学校主体の主権者教育の補完機能が期待されています。

模擬選挙を経験した人にもメリットがあります。投票先の「選び方」は一通りではありません。このプロジェクトではたくさんの資料を提供する予定ですし、その資料の使い方も学べるように企画されています。よりよい投票を行なうためにも選び方などの経験をさらに積むことは大事でしょう。

そして、学校で行なう模擬選挙では、投票の集計は学校だけで終わってしまいます。ところが今回の「学校総選挙プロジェクト」は、全国の高校生などが参加しますので全国規模の集計となります。自分の学校がある地域と他の地域の違いを知ることは貴重な経験になると思います。

さらに、プロジェクト参加者同士の意見交換や選挙結果の公表なども企画されているようです。そのように全国規模の若者の横の繋がりは、自分のこれまでの考えを広げることになるはずです。是非、このプロジェクトに参加して新しい波を社会におこして下さい。

(注1)総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)

「Q11 投票に行かなかったのは、なぜですか。次の中からあなたの考えに近いものをいくつでも選んでください。(複数回答)」

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei15_02000153.html  (最終閲覧日:2020年8月23日)

(注2)総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)

「Q4 あなたは、7 月 10 日(日)に行われた参議院選挙の投票に行きましたか。」

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei15_02000153.html  (最終閲覧日:2020年8月23日)

(注3)総務省「18歳選挙権に関する意識調査 報告書」(平成28年12月)

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei15_02000153.html  (最終閲覧日:2020年8月23日)

藤井 剛プロフィール

藤井 剛

1958年東京生まれ。1983年から市川東高校、市立稲毛高校、県立千葉高校、千葉工業高校(定)の4校に教員として勤務した。主に政治・経済を担当し、法教育、ディベート、NIE、主権者教育などの実践を行ってきた。2015年より明治大学特任教授。主な研究分野は、教育学、社会科・公民科教育法。NIEアドバイザーも務めていた。文科省・総務省が作成した主権者教育の副教材「私たちが拓く日本の未来」の作成協力者として、日本各地で講演活動を行っている。

著書

「詳説 政治・経済研究」(単著、山川出版)

「入門 社会・地歴・公民科教育」(共著、梓出版社)

「とっておき授業 LIVE集」(共著、清水書院)

「主権者教育のすすめ」(単著、清水書院)

「授業LIVE 18歳からの政治参加」(監修・共著、清水書院)

「高校社会 『公共』の授業を創る」(共著、明治図書)

「ライブ! 主権者教育から公共へ」(共著、山川出版)    など

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